アメリカンフットボールのプロリーグ設立に向けて

2010年に日本でアメリカンフットボールのプロリーグを設立する――2000年の元旦に自分に課した目標です。この目標の実現に向けて、この場をお借りしてこれまでの仕事を振り返り、アイデアを整理し、構想を練り、自らのモチベーションを鼓舞していきたいと思います。

Monday, March 20, 2006

ありがちな「人気拡大策」を考察する

 アメリカンフットボールの「広告としての媒体価値」についての考察に入る前に、今回はコーヒーブレイクとして、よく言われるスポーツの「人気拡大策」について考察してみよう。

 アメフトに限らず競技の人気拡大を考える際に、以下のような施策やアイデアが提案されることがある。

1)「世界のトップで活躍する選手を輩出する」
2)「スター選手を生み出す」
3)「競技を題材にしたアニメやコミックをつくる」
4)「試合やハーフタイムに芸能人を呼ぶ」
5)「子供達(底辺)に競技を普及させる」
6)「女性ファンを拡大する」

 いずれも有効な人気拡大施策ではあるが、実はそれぞれの施策を単発で実施してもさほど効果はない、というのが筆者の考えである。それぞれを検証してみよう。

1)「世界のトップで活躍する日本人選手を輩出する」

 サッカーの中田英寿や中村俊輔、野球のイチローや松井秀樹といった世界のトップリーグで活躍する日本人選手の存在が、サッカーや野球の普及・人気拡大に貢献したことは言うまでもない。この現象にならって、他の競技も「世界で活躍する日本人選手を生み出せ」と躍起になっている。しかし、果たして世界で活躍する選手が登場するだけでその競技の人気が高まるのだろうか?かつて世界のトップで活躍し続けた選手を輩出したスキーノルディック競技や自転車競技などは、確かに一時的な露出や話題性は高まるが、その後継続的に人気が定着したとは言い難い。ではサッカーや野球とそれらの競技の違いは何か?それは日本におけるそもそもの普及・人気度合いにもよるが、プロリーグの存在とそこで活躍した選手が世界に進出するという構図の有無であると考える。日本のプロリーグで活躍⇒世界のトップリーグへ輩出という図式と、一時的な注目を定着させるための日本における最高峰のプロリーグの存在があってこそ、この施策が効果的なものとなるのである。そう考えると、例えばその条件を満たさないアメフト、ハンドボールといったマイナー競技において、たとえトップレベルの実力を持ち世界で活躍する選手を輩出できたとしても、一時的な注目を浴びるものの、継続的な人気が定着することは難しいであろう。

2)「スター選手を生み出す」

 確かにその競技を知ってもらい、興味を持ってもらうためのきっかけとなる施策としては有効であろう。しかしながら、その興味関心を継続させ競技そのものへの興味へと結びつけ、ファンとして定着してもらうためには、国内におけるコンテンツ価値の高い試合やリーグの存在が欠かせないのである。さもなければこの施策は「きっかけ」を生み出すのみの打ち上げ花火となってしまうであろう。 かつてアメフトにおいても京都大学の東海選手というアメフトにしては比較的メディアで注目されたスター選手がいたが、今日の競技の発展には残念ながら繋がっているとは言えない。

3)「競技を題材にしたアニメやコミックをつくる」

 「巨人の星(野球)」「アタックNo.1(バレーボール)」「キャプテン翼(サッカー)」「スラムダンク(バスケットボール)」「アイシールド21(アメフト)」といった漫画やアニメの存在はその競技の普及に大いに貢献した。特にキャプテン翼は、その後のJリーグ設立やW杯開催といったことと相まって確実にサッカーの底辺拡大、人気拡大に貢献したことは間違いない。このサッカーの例が顕著なように、競技のアニメ化や漫画化は非常に効果のある施策ではあるが、やはりそこでの注目や興味を、子供にとっては将来の目標となり、見る人にとっては試合観戦につながる「試合やリーグ」の存在がなければせっかくのアニメや漫画も無駄なものとなってしまうであろう。

4)「試合やハーフタイムに芸能人を呼ぶ」

 試合への集客という観点で有効な施策となることは、芸能人をプロモーションに絡めるバレーボールを見れば一目瞭然であろう。しかしながら、メインのコンテンツはその競技であり試合であることを忘れてはならない。足を運ぶ目的は違えど、その競技がその芸能人の魅力とは異なるコンテンツ価値を生み出すことができれば、その後の人気拡大につなげることが可能となる。しかし、イベントが魅力的でもその競技や試合が面白くなければ、そのイベントに投資をした意味が皆無となる。この施策はあくまでも集客のひとつのきっかけに過ぎないことを肝に銘じなければならない。イベントに注力する前に、その試合や競技の魅力が生み出せる状態とするための本質的な価値向上に注力することが必須なのである。

5)「子供達(底辺)に競技を普及させる」

 これは短期的には効果を生み出すことは難しいが、長期的に見れば非常に重要な人気拡大施策となる。既に人気がある競技であってもこの施策を怠ってしまうと、その後は衰退していくことであろう。ではこれから人気を生み出していこうという競技の場合、この施策を行うことでそれが可能となるのであろうか?確かに子供の時点でその競技を経験することにより、競技そのものの認知が高まり、また優秀な選手の出現率が高まることから、競技発展の可能性が高まることは確かだ。しかしながら、底辺が拡大しても「頂点」がなければ、競技を経験しその競技の魅力を感じた子供たちは目指すべき目標を失うことになる。要するに、底辺拡大と頂点となるべくレベルの高いプロリーグの存在がセットになることでこの施策は真に効果を生み出すのである。頂点となるプロリーグ設立がないままでは、底辺拡大の効果が半減してしまうであろう。

6)「女性ファンを拡大する」

 (2)や(4)の施策もこの一部となるが、女性ファンの拡大はその影響力の大きさから人気拡大のためには重要な施策となる。また子供を産む存在であることから、(3)や(5)の施策にも影響を及ぼすことであろう。しかしながら、単なるエンターテイメントの普及や芸能人のファン拡大、またある教育施策の普及であればこの施策のみでも効果を発揮すると思われる。しかしことスポーツというコンテンツの人気拡大においては、競技そのもの魅力や価値の拡大と、その魅力や価値を継続的に享受できる仕組みが無ければ、(1)~(5)の施策同様に一時的なブームや打ち上げ花火といったことになりかねないのだ。

 以上「ありがちな人気拡大策」について考察してみた。何かとブログの主旨である「プロリーグの設立」ということに結論づけたことは否めないが、いずれにせよ「真のコンテンツの価値(競技や試合の魅力)」「継続的な価値発揮の仕組み(プロリーグ)」といったコアの価値が無ければ、すべての施策は意味をなさなくなるのである。逆の言い方をすれば、1~6のような施策や機会に恵まれている競技では、その施策に安住するのではなく、コンテンツの本質的な価値の向上に務めなければその競技の未来はないであろう。1~6のような施策を単発の打ち上げ花火としてしまうのか、コンテンツの価値を増幅させる効果的な施策とするのか。各競技は、うわべの施策に頼るのではなく、競技の本質的な価値の創出=プロリーグの設立に注力することを怠ってはならない。

次回は本論に戻り、アメリカンフットボールの「広告としての媒体価値」について考察する。

Saturday, March 11, 2006

エンターテインメントとしての価値(2)

 しばらく期間が空いてしまったが、前回の続きを述べたいと思う。
 前回は、3つあるエンターテイメントとしての価値のひとつとして、アメリカンフットボールの「(1)競技性・試合の質」といった側面の価値について言及した。これは、スポーツという競争行為やアメリカンフットボールという競技から生み出される本質的な価値であり、オリジナルなユニークな価値であるといえよう。

 今回述べる「(2)選手やチームの特性(選手のキャラクター、チームの持つイメージ)」「(3)試合会場の演出(プロモーション手法、試合会場の演出や雰囲気、イベント、チームマスコット)」は、(1)で述べた本質的な価値をコアとする付随的な価値であり、アメリカンフットボールに限らず見せ物として試合を行うスポーツであればいずれにせよ含有し得る価値だとは思う。しかしながら、アメリカンフットボールという競技特性からみても他のスポーツに比べてこれらの付随的価値を付加しやすい特性を持っていることもあり、また一般的にアメリカンフットボールは競技のルールが分かりにくいという印象をも持たれてしまっていることからみても、これらの価値を訴えることが重要となるであろう。

(2)選手やチームの特性

 自分がシーガルズのアシスタントGMとしてチームのプロモーションを担当していた時、「競技のルールが分からないけど、ひいきの選手がいるから試合に来る」「アメフトについては詳しく知らないけど、ウチの会社のチームだから応援にきた」といった観戦動機をよく耳にした。よくありがちな手法ではあるが、選手やチームの特性から派生するイメージを売りにして集客を図る手法は、「ルールが分かりにくい」というイメージを持たれてしまっているフットボールにおいては、(3)同様に有効となる。

 よくありがちなプロモーションとして「わかりやすいルール解説」的なアプローチからはいる手法が見受けられるが、アメフトのルールを短時間かつ少ない情報で伝えることはかえってノイズとなり、余計に分かりづらいという印象を持たれかねない。個人的には競技ルールを知らない人にルールを理解させることは、他のスポーツに比べ「コミュニケーション・コスト」が余計にかかると考える。だとすれば、一層のことTV解説や試合パンフレットにおいては中途半端なルール解説はせずに、その分コミュニケーション・コストがさほどかからない「選手やチームの特性」に関する情報を提供した方が、最初のフックとしてはより有効であると考える。そのフックから競技のルールに興味を持った人に対しては、きちんとわかりやすくディープに解説された情報を提供する機会を用意すればよい。時としてコミュニケーションにおいては、「誰」に対して「何を」提供するのかという戦略を明確にし、情報の「選択と集中」を行うことが必要となるのだ。

 若干話が脱線したが、「選手やチームの特性」について以下のように魅力要因を分解してみた。

<選手の特性>

・プレー特性:独自の優れたプレースキルやフィジカルを有していること

・ビジュアル:体型、顔、装着物などが魅力的であること(フットボールの場合には防具を装着することにより、この魅力要因が高くなり得る)

・キャラクター(言動含む):選手の性格や人間性による要因

<チームの特性>

・プレースタイル特性:どのような試合戦略・戦術を得意とするのか

・所属選手・コーチ:チームに所属する選手やコーチの特性が時にチームの特性となることもある

・プロモーション手法:(3)で言及する要素。チームが対外に向けて表現しているもの(ロゴ、WEB、パンフレット)が発するイメージ

・歴史:設立経緯、転機、勝敗・戦績、劇的な試合、象徴的な選手など過去のイメージが蓄積され現在のイメージを醸し出している

・所有者やスポンサー:所有オーナーやスポンサー企業のイメージ

・フランチャイズ:ホームタウンを構える地域のイメージを含有しているケースもある


(3)試合会場の演出

 フットボールのルールを知らずとも、ひいきの選手やチームがなくとも、その試合会場の雰囲気やイベントでフットボールという競技やチームに興味関心を抱くケースがある。スポーツを興行として捉えた場合、フィールド内で行われる試合や競技パフォーマンス以外の、スポーツという価値とは全く異なる性質のいわば演劇や映画に近い人工的なエンターテイメントの価値を創出することが出来る。
 特にフットボールという「間」が多い競技においては、その「間」でこの類の価値を上手く創り出すことが可能となる。自身がシーガルズでチームマネジメントを行っていた頃の経験則ではあるが、以下は考えられ得る演出可能な要素である。

・チアリーダー
誤解を恐れずに言えば、エンターテイメントという側面においてはチアリーダーは選手のパフォーマンス同様に見せ物である。したがって見せ物として価値を生むパフォーマンスやビジュアルや演出が必要となる。しかしながら、あくまでも付随価値であり、競技や試合の価値を補うものでなければならない。よく日本の試合で見られるような試合の内容と全くシンクロしていない演出や、強引な応援を誘導するようなマイクパフォーマンスは、エンターテイメントという観点でみれば論外といえよう。

・チームマスコット
子供に受けが良く、会場の雰囲気を醸し出すチームマスコット(着ぐるみ)は、現在では多くのチームで取り入れていることが多いが、そもそも「なぜチームマスコットを有するのか」ということを深く考えているであろうチームはあまり見受けられない。「他チームがやっているから」「アメリカではあたりまえだから」という理由であれば、そのコストは他のプロモーションなどに回した方が得策だ。もしチームマスコットにコストをかけるのであれば、その存在価値をきちんと考える必要がある。そもそもの価値とはチア同様に試合における付随的価値であり、エンターテイメントという観点で言えば選手やチア同様に「パフォーマンス」を生み出す必要がある。だとすれば、どのようなパフォーマンスが「受けるのか」という視点から逆算して、「どんなキャラクターが」「いつ」「どこで」「何をするのか」ということをきちんと設計する必要がある。

・音楽
音楽については、「メロディーやリズム(さらには歌詞)」もしくは「その曲に対する意味づけ」という視点で曲を選択する必要がある。「メロディーやリズム」による選曲とは、「素晴らしいプレーを盛り上げる曲調である」「勝利の喜びをより増幅させるリズムである」とった考え方だ。「曲の意味づけ」とは、「QueenのWe are the champion=スーパーボウルやW杯で使用される勝った時のお約束感」「スターウォーズのダースベイダーのテーマ曲=悪役登場」「チームで昔から使われた曲=歴史や伝統」といったその曲が持つ特有の意味やイメージであり、その意味を活用することで状況に応じた演出が可能となる。かつてシーガルズでは「NFLファン層の集客」という目的により、意図的にNFLのTVや試合で使用されている曲を試合会場で使ったことがある。いずれにせよ「そのシーンや演出の目的に照らして適切なメロディーか」という視点が選曲においては必要だ。

・映像
試合会場の設備による制約を受けるが、単に映像を流すだけでなく、上記の要素や下記のイベントと連動しているとなお良いだろう。これはどこかで述べたいと思うが、日本のスタジアムにおいてはエンターテイメントという観点のなさから、映像に関する設備はかなり劣っていると思う。「いや、大抵のビッグスタジアムにはオーロラビジョンがある」と思われるかもしれないが、単に「映像を流す装置を設置した」にすぎず、そのような設備の設置目的にエンターテイメントという思想が盛り込まれていないため、さほどの価値を発揮できていないことが多い(当然流す映像のコンテンツや使い方にもよるが)。

・イベント
大なり小なり「イベント」次第で、試合の価値をいかようにも増幅することが可能だ。どこかで網羅的にアイデアを紹介したいとは思うが、経験則ではアイデアそのものよりも「まずやってみる」ことが重要だと考える。先日米国で視察したNBAの試合では、「タイムアウトの時間に、会場で盛り上がっている観客にピザを無料でプレゼントする」というなんとも単純なイベントではあるが、MCやピザを客席に持って行くスタッフのキャラクターによりかなり盛り上がるイベントとなっていた。アイデアそのものが重要なのではなく、まずはやってみることであり、さらにはイベントに関わる人のサービスマインドやキャラクターが重要となるのである。

・IT
これもどかで言及したいと思うが、スポーツにおいてはまだまだITの活用が進んでいるとは言えない。厳密に言えば、活用が進んでいないのではなく「その特性を生かし切れていない」といったほうが性格であろう。今ではどのチームにもWEBサイトや携帯HPがあるが、その程度の活用では紙というメディアを電子に置き換えたに過ぎず、本当の意味でのITの活用とは言えない。データのマイニングやワントゥーワンの情報提供など、ITの活用による価値の創出にはまだまだ余地があると考える。

以上、アメリカンフットボールのエンターテイメントとしての価値についていくつかの視点から考察してみた。次回は、アメリカンフットボールの「広告としての媒体価値」について考察してみたいと思う。