アメリカンフットボールのプロリーグ設立に向けて

2010年に日本でアメリカンフットボールのプロリーグを設立する――2000年の元旦に自分に課した目標です。この目標の実現に向けて、この場をお借りしてこれまでの仕事を振り返り、アイデアを整理し、構想を練り、自らのモチベーションを鼓舞していきたいと思います。

Saturday, February 25, 2006

エンターテインメントとしての価値(1)

 一般的にスポーツの捉え方として「する」「みる」という分類が使われているが(近年ではさらに「ささえる」という言葉を加えているケースが多いが)、これはスポーツが持つ価値の多面性を表しているといえよう。スポーツには、「する」すなわち「身体の運動活動」としての価値と、「みる」すなわち「見せ物=エンターテインメント」としての価値が存在する。

 では、フットボールの「エンターテインメント」としての価値とは何か。
 フットボールが好きな人に言わせれば、そんなことは今さら言うまでもないことかもしれないが、ここではあえてスポーツ及びフットボールの「見せ物」としての価値を考察してみたい。

 まず、見せ物としての価値の構成要素を、ミシガン大学の観戦者調査(観客がスポーツをスタジアムで観戦する理由を調査したもの)をもとに3つに分類し、その観点で考察を行う。

 1)競技性・試合の質
   競技ルールの魅力、選手の高い技術、エキサイティングな試合内容、など

 2)選手やチームの特性
   選手のキャラクター、チームの持つイメージ(一体感、誇り)、など

 3)試合会場の演出
   プロモーション手法、試合会場の演出や雰囲気、イベント、チームマスコット、など

(1)競技性・試合の質
 スポーツの見せ物としての本質的な価値は、「競技特性やルールの面白さ」「競技パフォーマンスの素晴らしさ」「競争行為の面白さ」にあるといえよう。

1-1.「競技の特性やルールの面白さ」

 競技特性やルールの面白さとは、それぞれ一概に比較できるものではないが、個人的にはフットボールという競技の特性やルールには次のような面白さがあると思う。

・格闘技と球技の要素を併せ持つこと

 格闘技とは、人間の闘争本能を最も掻き立てる競技である。球技とは、人間の本来の営みには無い特殊技能を競い合う競技である。その両方の要素を併せ持ち、ルールを作り上げている競技は、フットボールとラグビーくらいであろう。フットボールは人間の本能と理性の双方に刺激を与える競技なのである。

・役割を明確にしていること

 ポジション毎に「ボールを運ぶ人」「ボールを投げる人」「それらを支える人」といったように役割が明確になっていることから、そのポジションに必要となる技術を極めやすく、かつ目立ちやすくなっている。また選手がどんなパフォーマンスを見せてくれるのかという期待も持ちやすい。

・メンバーの交代が自由であること

 そのプレーを行うにあたり、もっとも高度なパフォーマンスを行う可能性のある選手を使うことが出来る。

・攻守を分けること

 戦いの構図が明確になる。もちろんサッカーのように攻守が入り乱れることによる面白さもあるが、攻守明確になることにより、行われるプレーやパフォーマンスに対する期待が持ちやすい。

・プレーを区切ること

 相撲の間合いにも通じるものがあるが、プレー毎に区切り緩急を設けることで、盛り上がるシーンを作りやすい。またプレー間に時間があるため戦術選択やかけひきに時間をかけることが出来る。

・危険性を排除するルールが存在すること

 本能と理性のそれぞれの行過ぎを防ぎ、バランスをとるためにもルールが不可欠だ。ヘルメットや防具を着用する、危険行為を禁止するというルールがきちんと存在しているからこそ、上記の面白さを生み出すことが出来る。

・装具のビジュアル

 危険性を排除するための装具ではあるが、それが見た目として「格好いい」といった価値観を生み出してることは確かだ。

・面白くするためにルールを改正していること

 フットボールが合理的であると言われる所以として、見せ物として面白くなるようにという観点でルールを改正していることがあげられる。しかしながら、反面「メディアと寝たスポーツ」とも言われ、スポーツの純粋性とは反するという批判もある。

1-2.「競技パフォーマンスの素晴らしさ」

 競技パフォーマンスの素晴らしさとは、「凡人には真似できないようなパフォーマンス」「通常発生する可能性が少ないパフォーマンス」などである。もちろんどのスポーツでも選手たちのたゆまぬ努力や精神力により、素晴らしいパフォーマンスが存在するが、フットボールの場合には、先にあげたとおり、「役割を明確にする」「メンバー交代が自由」「攻守を分ける」「プレーを区切る」といったルール上の特性により、より素晴らしいパフォーマンスが発生しやすいスポーツなのではないかと考える。

1-3.「競争行為の面白さ」

 フットボールは、これまで述べてきたとおり競技ルールの特性により競技パフォーマンスが高まりやすくなるため、対戦双方の実力差が顕著に現れる競技なのではないかと考える。例えばサッカーは、攻守が入り乱れ区切りが無く連続する競技であるため、個々の高度なパフォーマンスの発揮しどころが限定される。そのため、プロと高校生が試合をしても、あわよくば高校生が勝利したり、プロが実力を発揮しても4-0という点差程度の結果となることもしばしばだ。フットボールの場合には、その得点加算構造にも起因するが、実力差が明らかな場合には、80-0や100-0といった試合はよくある(サッカーで言えば、10-0のようなイメージか)。
 そのため、NFLでは各チームのイコールコンディション=「戦力均衡」に尋常なまでにこだわっている。サラリーキャップ、ドラフトといった制度は他のスポーツ以上に厳格だ。そのため、日本のXリーグでは約30%(3試合に1試合)の割合で登場する4タッチダウン以上の点差の試合が、NFLでは5%の割合に激減する(共に2001年度シーズンの結果による)。
 試合すなわち競争行為の面白さとは、どちらか勝つだろう、負けるだろうの予定調和ではなく、「どちらか勝つか、負けるか分からない」状態によって生み出されることは明らかだ。ただしこれには「水戸黄門仮説」という反論がある。日本人は「最後には正義の味方が勝つ」というストーリ(予定調和)を好むという説だ。かつての巨人人気も「やっぱり最後には巨人が勝つ」という安心感ともいえる結果がその人気をもたらしていたという考え方も確かに一理はある。しかしこの説への反論としては、ミュージカルや映画といったエンターテインメントであれば予定調和が前提なので、それこそハッピーエンドが面白さになるわけだが、スポーツがそれらのエンターテインメントとは決定的に異なるのは「結果の不確実性」であり、それがスポーツ独自の面白さともいえる(そういう意味ではプロレスはスポーツではなく、演劇だと捉えることもできなくはないが・・・)。なので、スポーツである以上、やはり予定調和ではなく不確実性をウリにするしかないのだ。当然、不確実性の結果として、人気チームが勝って安心だ、ということが価値にはなりえるが。
 そういう意味では、競争行為の面白さとは、マッチメイクなどにより人工的に作り出すものであると言え、リーグの運営においては最も考慮すべき点であり、かつ価値創出のコントロールが可能なことでもある。そこにしっかりとした制度を設けているNFLは、見せ物としての価値を最大化することを一義としていることが伺える。日本のXリーグでは制度という側面においては残念ながら見せ物としてエンターテインメントとしての価値を創出できるリーグとはいえない。

少し長くなってしまったので、次回は、フットボールのエンターテインメントとしての価値の考察の続きとして、フットボールが持つ「選手やチームの特性」「試合会場の演出」による価値について述べてみたい。

Saturday, February 18, 2006

フットボールの価値とは何か

 ここまでこのブログをご覧頂いた方々の中には、「とはいってもアメリカンフットボールなんてプロ化できるわけない」とお思いの方もいることだろう。そう思うことは当然だと思う。なぜなら自分自身も常にその自問自答をし続けているからだ。ただ、この6年間その自問自答をし続けてきた中で、アメフトがプロ化できる可能性がゼロではなく、また場合によってはそれは確度の高いものとなることを確認してきている。このブログでは「その理由」をお伝えしていくわけだが、まず自身のシーガルズでの経験の中で、「アメフトには価値がある」という確信を得たことをお話しよう。

 シーガルズは、現在は様々な企業に勤める選手によって構成されるクラブチームであり、メインスポンサーにオービックを迎え「オービックシーガルズ」という名称となっているが、かつてはリクルートの社員によって構成される「リクルートシーガルズ」という、いわゆる企業チームであった。そうなった経緯は今後このブログでもお伝えしていこうと思うが、まだ企業チーム全盛であった98年に、前回の予告で既にお伝えしている「シーガルズの価値とは何か」という10枚に渡る資料を作成した。そう、サッカーの日本代表がW杯初出場を決めた後のことである。この資料を作成しようと思い立った理由としては、

1)サッカー人気の拡大による、アメフトの相対的人気低下の懸念(Remember Nov.16,1997)
2)当時、企業スポーツが見直される中、チーム存続の危機感
3)当時シーガルズに起こった様々な現象による新たな価値創出の可能性
4)アメフトという競技の特性とポテンシャル

があった。以下は、その資料の冒頭に書いた文章である。
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1.はじめに
・足を切断した陸上選手がシーガルズの活躍を励みにし、選手として復活しフルマラソンを完走した。
・熱狂的なシーガルズファンが登場し、応援ホームページの運営を開始した。
・ワールドリーグに参加した安部選手にアメリカの子どもから「あなたのような選手になりたい」という手紙が来た。
・ある大学の学生たちが「シーガルズサポート」というサークルを結成した。
・シーガルズのホームページのヒット数が3万を超えた。
・シーガルズの選手がスタジアムで試合を解説する企画に約40名が応募した。
 これは97年のシーガルズに対しての実際に起こったムーブメントの一例です。
 私はシーガルズに所属し日本一になるという目標のもとフットボールを楽しんでいます。シーガルズは自分達に他のスポーツと同様の人間的成長や感動、そしてフットボールを楽しむという娯楽的満足や夢を与えてくれます。選手達は「強くなりたい」「勝ちたい」という欲求のもとシーガルズに所属し、日々精進しています。
 自分が「シーガルズの価値の向上」について考え始めたのは、このようなそもそも選手達が自己満足を追求しているアマチュアリズム的な行動が、本来目的としていなかった上記のようなムーブメントを引き起こすというシーガルズの「2次的価値」を生み出し実際にその存在を実感し、その可能性を感じ始めたことがきっかけでした。
 フットボールはプロ化できるのか?現在の答えはNOとしか言いようがありません。プロでなければアマチュアスポーツ、しかもマイナースポーツであるフットボールにおいて「シーガルズの2次的価値」について追求する必要があるのでしょうか?私はシーガルズが存在し、試合に観客を求める以上、必要であると考えます。プロではないので金銭的利益という価値を求める必要はなく、リクルートにとって、フットボール界にとって、社会にとって、そして自分たちにとっての価値とは何かを再確認し、それらを向上させるプランを実行することが必要です。
 この企画書では、その価値の確認に始まり、具体的な価値向上プラン、そしてそのプランが結果的に日本におけるフットボールの発展に寄与する仕組みを提案します。これからのアマチュアスポーツチームの一つの在り方の指針となれば幸いです。 日本におけるフットボールの発展を願って
                    1998年1月 リクルートシーガルズ 山谷拓志
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 後付のような言い方にはなるが、自分はこの時点で「シーガルズというチームには複合的な価値があり、その価値は換金化し得る」ということを確信していたように思う。この確信が、後にシーガルズがリクルートから離れクラブ化(独立化)した時に、自身が企業スポンサーを獲得できるという自信につながったのだと思う。また、この資料を作成したことが自分自身「フットボールの価値とは何か」を深く考えるきっかけになったことは間違えない。

 では、フットボールの価値とは何か。これを考える前に、まずどのような観点でその価値を確認すべきかのアウトラインを述べておこう。これはスポーツそのものの価値を測定する場合にも当然あてはまるフレームであろう。

1)「エンターテインメント」としての価値
 →面白いかどうか、見世物や体験物としての価値
2)「媒体」としての価値
 →誰かに何かを伝える媒体としての価値(≒広告価値)
3)「経済活動」としての価値
 →金銭的利益を生む装置としての価値
 →納税による社会コスト捻出装置としての価値
4)「教育」としての価値
 →子供の教育に役立つのか、人材育成に役立つのか、
  企業の経営にとって学ぶことがあるのか、といった価値
5)「健康増進」としての価値
 →体力の向上、健康の維持を図るものとしての価値
6)上記以外の社会的価値
 →目に見えない価値:住民や従業員の求心力、地域犯罪抑制など
 →公共財としての価値

次回以降では、それぞれの観点における「フットボールの価値」を述べていこうと思う。

Wednesday, February 08, 2006

「プロ化」とは

 予告した98年に作成した資料を紹介する前に、まずこのブログのテーマでもある「プロ化」ということについて自分なりの定義を述べておきたいと思う。

 スポーツの「プロ化」といっても微妙に解釈が異なるケースがあるので、一旦以下のように定義をしておきたい。

 (1) 選手が競技パフォーマンスの対価として報酬を得ていること
 (2) その報酬原資を競技パフォーマンスの対価として市場から獲得していること
 上記2つが成立しているスポーツをこのブログでは「プロ」スポーツと呼ぶことにする。

 この観点で現状の日本のスポーツを見てみると、プロスポーツの代表格である「プロ野球」「Jリーグ」「大相撲」「ゴルフ」また新興の「四国アイランドリーグ」「bjリーグ」などは上記の条件を満たしていると言える。だたし、(1)=支出と(2)=収入のバランスについてみれば、プロ野球などは(1)が上回り親企業からの補填的意味合いの広告費がなければ実質赤字であることから、競技パフォーマンスの純粋な対価を市場から獲得しているとは言えない(=身の丈にあっていない)とも考えられる。この点については、アメフトをプロ化するためには重要な視点なのでまたいずれかの機会に考察してみるとしよう。

 近年ラグビーにおいても「プロ化」が進んでいると言われているが、特にトップリーグに所属しているチームでは一部の選手において(1)の状態が発生している(いわゆるプロ契約選手)。しかしながら、トップリーグは企業保有のチームによって構成されているため(2)の状態ではなく、報酬原資は企業の労務人件費となっているので、この定義におけるプロスポーツとはいえない。もし(1)の契約を結ぶ選手への報酬が増加すれば、仮にその選手のパフォーマンスが向上しても対価としての収入を増やす構造ではないことから、どこかで破綻することになるであろう。遅かれ早かれ、(1)が続く限り「ラグビーの市場価値」がどこかで問われることになる。

 ということで、このブログでは、日本におけるアメリカンフットボールという競技が、(1)と(2)の条件を満たす「プロ」リーグになることができるのかについてこれから持論を展開していきたいと思う。まずは、(2)の条件、すなわち、日本におけるアメリカンフットボールが市場にさらされたときに価値を発揮できるかという点について、次回は前出の「シーガルズの価値とは」という資料を持ち出して考えてみたい。

いつ思い立ったか

 まず最初の投稿ということで何を書こうか迷ったが、自己紹介はひとまずプロフィールを見て頂くこととして、しばらくの投稿では、「なぜアメフトのプロリーグを創りたいと思ったか」「いつどのようなアクションをとってきたか」といった過去の出来事について振り返り「そのときどう感じたか」「学んだことや教訓は何か」など、アメフトをプロ化したいと思った経緯について書いてみようと思う。

 忘れもしない1997年11月16日。 この日は、アメフトをプロ化したい、というより「プロ化しなければ」と強く決心した日だ。当時自分が選手としてプレーしていたリクルートシーガルズは、97年度はリーグ戦で3位となりプレーオフに出場することが出来ず、チームは例年より早いシーズンオフに突入。確かこの日は日曜日だったと記憶しているが、既にオフなので練習もなく、家で夕方をむかえていた。ふとTVをつけると目に入ってきたのはサッカーの試合。そう、この日は98年にフランスで行われたサッカーワールドカップの最終予選日本vsイラン戦、後に「ジョホールバルの歓喜」と呼ばれた試合が生中継されていたのだった。

 当時サッカーに興味の無かった自分は、その日に最終予選があったことさえ忘れていた。チャンネルを変えようか迷ったが、ここである感情がわいてきた。「日本が勝つと、さらにサッカーが盛り上がってしまう・・・」。ほぼ全国民が日本の勝利を望んでいるであろうに、非国民にも日本が負けることを望んでいたのだ。

 サッカーは93年にJリーグがスタートし、当時順調に人気を拡大していた。それに比べ、アメフトは96年から当時流行った「アルファベット一文字リーグ」になぞらい「Xリーグ」と名称を変更。しかし実態はプレーオフ制度を変更したのみで、Jリーグのような大きな変革が行われていたわけではなかった。そもそもマイナースポーツであるアメフトがサッカーと大きな距離をあけられてしまう。そんな問題意識を抱きはじめていた時だけに、この試合の展開はその感情を大きく揺るがすものとなっていった。

 「日本が負ければ、サッカー人気は落ちるかもしれない」。なんとも負け犬根性的な情けない発想ではあるが、悔しいかなその試合を見ながらそう思っていたのは事実である。試合は同点で延長戦へ。多くの人の記憶に残っていると思うが、岡野が決勝Vゴールを決め日本はワールドカップ初出場を決めた。日本中が歓喜する中、自分は一人TVの画面を見つめ、悔しさと危機感となんとかしなきゃ感を抱きながら、決意した。「アメリカンフットボールを日本でメジャーにしてやる」「いつかはプロリーグを作って人気スポーツにしてみせる」。

 この日のこの気持がプロ化にむけて歩み出す原点となっている。この気持が高ぶる中、翌年98年の1月にある資料を作成した。当時覚えたてのパワーポイント4.0で作成した「シーガルズの価値とは何か」というタイトルの資料である。このファイルは今でも当時の日付で保存してある。
次回は、久々にこのファイルに書いてあることを読み返してみたいと思う。

注)今では仕事でサッカーに関わることが多く、すっかりサッカー好きになりましたので!今年のワールドカップはもちろん日本を応援します(笑)

はじめに

 2010年日本でアメリカンフットボールのプロリーグを設立――2000年の元旦に自分に課した目標です。以来、その実現に向けた仕事に挑戦し、構想を練り、事業計画を作成し、反対にもあい、挫折し、また挑戦しという5年間を過ごしてきました。残された年はあと5年。この場を借りて、これまでの仕事を振り返り、アイデアを整理し、構想を練り直し、自らのモチベーションを鼓舞していきたいと思い、このブログをスタートすることにしました。更新は不定期ですが、皆さんの忌憚のないご意見をいただければ幸いです。